2005年11月30日
最終回「最高のステージとは?」
ステージとは何か?
「ステージとは聖と俗の境界中で繰り広げられる宴である。」
とエリアーデ(←著名な宗教哲学者)は言い…、言い…、
言ってません…。
何かこう、識者の格言的なものを命題にして、
論を推し進めようと思いましたが、僕には無理でしょう?
と自問自答し、「無理 だ・か・ら!」ともう一人の僕が
判断致しました。
なぜなら、「たけうち君の考える、最高のステージとは?」と
最終回にあたって初めて編集長から、何だか至極、抽象的な
物言いを要求する、有り難くも明確なお題を賜り、それに
答えるべく、ビシッとした、背筋のピンっと張った、
凛とした文章で「行くぞー!」と、気勢をあげていたのですが、
やっぱり、それは関西人のイカンところの能力以上の
ものを見せようとしてしまう性質が、自分の中に見えかくれ
していることに気付き、取り返しのつかないことになる前に、
さっぱりと、敗北宣言をした次第です。それが、それが、
潔い大人ってモンです!
しかし、「最高のステージ」ってなんでしょうねえ…。
うーん、うーん、ぐーう、ぐーう、と考えると、
「誰もが感動できる時空間」ってのが、それなんでしょうか…。
あんまり興味のないお客さんが観ても感動するし、
だけど、物凄く興味を持ってるコアなファンも感動するし、
演者であるアーティストやパフォーマーら本人も感動するし、
照明、音響、大道具らの裏方も、自分達の仕事を含めて、
実は感動しているし、ひねくれもののステージデザイナーも
ホントは感動しているような…、そこにいてる皆がカンドー!
してる時空間ってのが、「最高のステージ」じゃあないんで
しょうかねえ…。何だか青臭いものは残りますが…。
でも、僕の立場からすると、「誰もが感動できる時空間」が
「偶然の産物」であってはいけないと常々思っています。
いざ、幕が上がると、観客の興奮との相乗効果も手伝って、
色んな偶然が生まれるもんですが、僕らサイドは、
それらをひっくるめて、ステージをクリエイトできてなきゃ
いダメだあ、と思います。エンターテイメントを供給する側が
考え、創ったものの上にのっかった感動でなければ、
あんまし意味がない、と思いますし、供給する側の覚悟と
いうのは、そういったところにないとあかんのじゃないか、と
いつも思うようにしています。
で、それらのことを踏まえても、その場所にいる人皆が、
モーレツにカンドー!している、ってのが「最高のステージ」
の称号に相応しいステージなんじゃないかなあ…。
なかなか出来ることではないですし、その感動を数字で示せる
わけでもないので、判断も難しいのですが、そこがステージの
魅力でもあるのだろうと、かっこよく思ってる僕がここに
いてるわけです。
《あとがき的なもの》
第1回でも書いていますが、このコラムはまさしく「いきおい」
から始まったものでした。それも世の中で一番良くないとされる
「酒に酔ったいきおい」が出発点です。
匿名風なブログ形式のコラムとはいえ、業界歴10年ちょいの
鼻たれが何を語れるのかと、謙虚な考えも浮かびましたが、
「まあ、どうにかなるやろう」の楽観がまさって、30回も、
書くことが出来ました。それも、おつきあいして下さった方、
つまりはクリックして下さった方々がいてこそで、感謝です。
「イベントの裏側」と銘打っておきながら、あんまり「裏側」
じゃあなかったなあ、と反省もしています。でも、このコラムを
執筆して、ひとつ勉強できたこともあります。それは、公的に
物を書くということは「書けること」と「書けないこと」を
どうやって料理するか、ってことが重要なんだな、ということが
解ったことです。「もっと面白い話もあるけどなあ…」
「だけど、この部分を隠して書かれへんしなあ…」っていう
ところですね。
しかし、まあねえ、「裏側」を全部書いたら、夢も希望もあった
もんじゃないでしょう?と、リーサルウェポン的言い訳しつつ、
あとがき的なものとさせていただきます。
たけうち





