- というわけで、今日は僕に説得されていただきたいなと(笑)。ところで話は変わるのですが、昔の『紙のプロレス』で村松さんは「前田日明がどんな音楽を聴いているのか気になる」ってことをおっしゃっていたんですよ。で、先日、前田日明さんにお会いしたところ、好きな音楽として、RCサクセションの「ドカドカうるさいR&Rバンド」を挙げていたんですよね。
- 村松
- ほう。
- で、なんでRCなんですかって聞いたら、イギリスに遠征に行く前に村松さんが清志郎のことを書いているのを読んで、空港でRCのカセットを買って向こうでずっと聴いていたんですって。だから、前田日明は村松さんの影響で清志郎を聴くようになったという。
- 村松
- それは光栄な話だなぁ(笑)。でも前田日明にしてはきっかけが不純だよね(笑)。
- そんなことはないですけど(笑)。
- 村松
- でもそれは想像もしなかったな。ただ、あの本(『私、プロレスの味方です』)を読んで、批判したり感想を言ったりした現役のプロレスラーは前田日明だけだったからなぁ。
- ある種、プロレスラーとして噛みついてくるというか。
- 村松
- ただ、ちょっと勘違いがあると思ったのは、僕が直木賞を取ってからあの本を書いたと思っている感じがあったんだよね。それが猪木批判の際に、外国から帰ってみたらすっかり作家と友だちになって……みたいな部分を何かで読んで、そういうことになってるのかなぁと。
- 別に権威として書いてるわけじゃないですよね。
- 村松
- あの頃は作家ではなくて単なるサラリーマン。ああいう本が出たってこと自体冗談みたいだったんだから。
- 当時三部作(『私、プロレスの味方です』『当然、プロレスの味方です』「ダーティ・ヒロイズム宣言』)って、半年に一冊のペースで出てるんでしょ?
- 村松
- あ、そうですそうです。もう書けて書けてねぇ(笑)。
- 異常なペースですよね。
- 村松
- あの仕事をやって楽しかったのは、表現する言葉を編み出す訓練になったっていうことなんだよね。
- 訓練もなにも、これ、発明だらけじゃないですか!

- 村松
- いまじゃ当たり前みたいになってるけどね。
- だって、“凄み”を“凄味”って使うのなんか、これ、村松さんの発明みたいなもんですよね?
- 村松
- "殺気”とかね。
- そうです! あと、"過激なプロレス”もそうですし。
- 村松
- 過激なんていうのは、その頃は過激派が駆逐されちゃって、本当にダメなことを象徴するような言葉だったからね。
- えーっ、そうなんや!蘇らせたんや!
- 村松
- 逆転させる気分というか。"世間”って言葉も、打ち破るべき常識や通念って意味合いで使ったからね。
- 確かに!
- 村松
- だから全部プレスリーから繋がってるんだよね(笑)。
- 凄まじいとしか言いようがありません!
- 村松
- 勤めていた中央公論の一般的な雰囲気も、当時の僕にとっては世間だったわけだし。
- ただ、音楽もプロレスもなにが世間なのかわかりませんよね、いまは。
- 村松
- だからボーダーラインというかアングラがなくなったんだよね。対立軸がなくなっちゃった。だからこの本の矛盾は、世の中の対極にある、まったく相手にされないものを認めさせるのに、その世界のトップのアントニオ猪木を切り札にしなきゃいけないってところだよね。
- マイナーの中のメジャーですもんね。
- 村松
- その頃の大仁田厚では世間と勝負できないんだよね。だからモハメド・アリ戦なんてのもうまい対立軸を生むんですよ。あの場合はアリが世間。でも、今はそのプロレスを世間の対立軸としてとらえるんじゃなく、そこへ発信するスタイルのような気がするんですよ。というか対立軸がない。人に対して一番冷たい態度は無視なんだよね。シカトね。
- ええ。そこには存在しないよってことですもんね。だから「プロレスなんて八百長やろ?」って言われているうちはまだいいんですよね。
- 村松
- そういうことそういうこと。
- 僕らはまだプロレスを観ているのが恥ずかしかった世代というか、いまでもプロレスという言葉を発すると、口の中が痒くなる感覚がありますもん。
- 村松
- え、原さんの世代でもそういう感覚があるんですか?
- ありますあります。僕は初代タイガーマスクでプロレスを好きになったクチですが、それでもありますよ。
- 村松
- あと、ほら、山本さんがドームで主催したイベントがあるじゃない?
- ああ、『夢の架け橋』ですね。
- 村松
- あの時、ルー・テーズ来てたでしょ?
- 来てましたね。
- 村松
- で、ルー・テーズをある人から紹介されたのね。そしたらこの人は日本の作家でプロレスのことを書いててなんて言われてね。たぶん、authorなんて紹介されたんじゃないかな?
- ああ、権威として。
- 村松
- そしたらルー・テーズが凄く謙虚な態度で礼儀正しく握手してくれたの。その時のルー・テーズの手の柔らかさを覚えてるし。
- おお。
- 村松
- で、二言三言しゃべって。それまでは嵐山光三郎とか椎名誠とかとしゃべってて、「このあとビールでも飲みに行きましょうよ」なんて言っててさ。でも、握手されたら熱っぽくなっちゃってさ。
- ポーッとなったんですね(笑)。
- 村松
- で、「俺、こいつらと一緒に今日の試合がどうのこうのなんてしゃべりたくないな」なんて気持ちになって、「ちょっとこの後用があるから」って言って表に出てね。そしたら雨が降ってて。で、水道橋から飯田橋までポワーンとしたまま、ルー・テーズと握手したことの余熱にひたって歩いちゃってさ。だから俺なんて物凄い馬鹿みたいなプロレスファンなんですよ(笑)。
- いいですねぇ(笑)。
- 村松
- テーズに対するような感覚は、猪木さんにはないんだよね。
- 親しくなっちゃったわけですもんね。
- 村松
- でも、猪木さんの対立軸であったはずのアリにはあったんだよね。

- あ、北朝鮮の帰りに写真を撮られたんですよね。
- 村松
- そうそう。なんか川村(龍夫)さんなんかがアリと握手したり一緒の写真撮ったりしてるわけ。
- ああ、ケイダッシュの川村さんが。
- 村松
- それで「冗談じゃないよ、ミーハーじゃあるまいし」とか言ってね。で、最後の最後に新幹線でね、川村さんが「(モハメド・アリと)一緒に撮ればぁ、写真。後悔するよ」とか言うわけ(笑)。で、ちょっと考えたんだけど、結局川村さんのカメラぶんどって、猪木さんにシャッター押させちゃったという(笑)。
- えーーーーーっ!?猪木さんが写真撮ったんだ(笑)。
- 村松
- やっぱり僕は、プロレスファンぶった世間派なのかな。でもルー・テーズに感じて、猪木さんに感じないってのは考えてみればおかしいね。
- だって村松さん、これまでルー・テーズについて書かれたことほとんどないですもんね。
- 村松
- ないない。でも、自分はプロレスのミーハーだなと思った。
- でも、村松さん、そういう村松さんに対して、いま僕らがミーハーなんですよ。『私、プロレスの味方です』でプレスリー的衝撃を受けちゃいまして(笑)。
- 村松
- うーん、それはちょっと(笑)。
- だって柳沢さんに村松さんになにか一言ありますかって言ったら、「神様によろしく言っておいてくれ!」って言うんですもん(笑)。
- 村松
- それも凄いね(笑)。
- (小声で)でも、普段は本当に不遜で尊大でヤな男なんですよ……。
- 村松
- (小声で)ほう?
- でもそんな柳沢さんでも村松さんに対してはミーハーになってしまうという(笑)。
- 村松
- ミーハーと言えばさ、昔、岡山で新日本の試合があって、たぶんテーブルマッチ(『月刊プロレス』の猪木、村松の対談連載コーナー)だったと思うんだけど、試合が終わった後、通路を歩いてたのね。そしたら中学生が近づいてきて、「猪木を独り占めにして!」とか言うのよ。「このやろう!」みたいなポーズで。「しゃらくさい奴だなぁ」なんて思ってね。
- 確かに(笑)。
- 村松
- そうかと思ったら、「写真撮ってください」って言うの。で、しゃらくさいこと言って写真撮ってくださいって言うのは今風の子にしても屈折してるなと思ったの。それがのちの水道橋博士。
- えーーーーっ!(笑)。
- 村松
- だからね、その場合、(水道橋博士は)ふつうのミーハーじゃないっていう(笑)。
- いやー、でも水道橋博士も村松チルドレンですよ。
- 村松
- 俺、彼の本の解説なんか書いちゃってるもんね。こっちがちょっとミーハーになっちゃってる(笑)。
- あ、なんやろ、『本業』かな。
- 村松
- そうです。でもあの二人(浅草キッド)のプロレスへのフリーク性に比べたらこっちはまともだよ(笑)。
- まぁなんにせよ、村松さんのせいでみんな頭のおかしい大人になっちゃったということですよ(笑)。
- 村松
- これでいいんだって思っちゃったのかなぁ(笑)。
- 村松さんがプレスリーを聴いて、「俺はこれでいいんだ」って思ったのと同じです(笑)。あ、ターザン山本さんからの伝言忘れてました。「猪木さんのパキスタン遠征を描いた『聖者の行進』(正しくは『チャンピオンの遠征』)の主人公は僕ですよね?」ということなんですけど。違いますよね?
- 村松
- いや、そうですよ。
- えーっ!?(笑)。本当に山本さんが主人公なんですか?
- 村松
- そうだよ。原稿があるのに唯一本になってないという(笑)。
- でも村松さん、過去に『紙のプロレス』で、タイミングがあえば本として出したいなんておっしゃってるんですけど、原稿はお手元にあるんですか?
- 村松
- あるよ。あるけど出す気がないから。
- (懇願するように)ねぇ、出しましょうよぉ。
- 村松
- ヤだよ(笑)。
- なんでなんで!? なんでダメなんですか?
- 村松
- 主人公がよくないから(笑)。
- わはははは! ではお願いなんですが、山本さんが本当に追悼になったらその時こそ出して下さいよ(笑)。
- 村松
- いやぁ、作品の中で猪木さんがちょっと単純に神格化されすぎてるってこともあってね。だから相当手を入れないとダメなんだよね。だって、自分で300枚書いて自分でボツにするってなかなかないよ?
- そりゃそうでしょうけど。
- 村松
- だから猪木さんの神格化の修正と主人公の変貌がカギだね(笑)。
- 主人公は見る影もないですからねぇ(笑)。あー、残念!
- 村松
- 山本さんは「主人公は僕なんですよね?」って言ったんだよね?
- はい。
- 村松
- じゃあ「仁香ちゃんの夫である頃のね」って伝えておいてください(笑)。
- わはははは!おあとがよろしいようで。今日は本当にありがとうございました! 夢が叶った!

(聞き手/メディアプルポ音楽出版部プロデューサー 原一博 構成/阿修羅チョロ )